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生業としているコト

恐らく世間一般的に

ありたい姿と
あるべき姿の

「一致」が

起こり易い


ワタクシは思っています

これは我々の
個人的、内的な、私的な情動とは
一切関係ない上での話です

要は好きな楽器を手に、やりたい音楽をしているのですから

これを「歌舞音曲の類い」

するのであれば
どうぞすればよろしい

歌を歌い
舞を舞い
音曲を奏でることが生業である事自体に
違和感を感じるのであれば
「歌舞音曲の類い」
に触れなければよいだけの話

ヒトは
バッハもモーツァルトもショパンもリストもシューマンもシューベルトもラフマニノフも
ホロヴィッツもアシュケナージもカザルスもグールドもエバンスもキースもコルトレーンもマイルスもジスモンチも矢野顕子もゴッホもラファエロも万葉集も司馬遼太郎も小林秀雄も、、、、、、、、切り無いから辞めるけど
知らなくても、聞かなくても、観なくても、読まなくても
生きていける事くらいワタクシは百も承知のつもりでおります

更に始末に悪いのは
冒頭に記した「一致」が日常的に、日々起こっているということを
ワタクシはもしかしたら、しばし失念しているかもしれない
ということを
こんにちの事態ににならないと
省みないかもしれない
という
危険性を孕んでいる
ということなのかもしれないということです

(三重の仮定になってしまい恐縮の至りですが、、、、)

ここで留意して頂きたいのは決して誰もが失念しているということではないということです

しかし
12日に外苑前にメンバーが集まりこうぞうもpちゃんも断腸の思いでライブを辞めたとき
  その後アルフィーで浩子さんの歌を聴いたとき
14日に4人のバンドのうち二人しか集まれず、庵原がそれでも音を出したいと呟いたとき
15日にグレコで芳明さんと黙々と演奏して芳明さんが「あー 愉しいね」と1人ごちたとき
17日に急に491に呼ばれソロピアノを弾いても特に何もその場の空気が変わらなかったとき
昨日、piadaのライブでリハが終った直後に地震でお店が揺れて今日のライブはどうなるのかと思いながら一曲目が始まったとき
今日レッスンで生徒と連弾したとき

改めて感得したのです

「あーー
 音をだすってワタクシにとっては
 素敵なことだ」



つまりは「一致」したのです

ただそれだけです


なのでワタクシは営業を決意したお店と遊びに来てくれたお客様と共演者に
感謝するしか出来ませぬ

感謝するしかない

これが日々の営みであることを
間断する余地はワタクシには見いだせないのです
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